メールマガジンとっとり雑学本舗


第156号(2002年02月22日)「とっとり豆知識」より

 ●歴史シリーズ「建武の中興と名和長年」

   先日の「松葉がに争奪読者プレゼント」への応募には、みなさんから編
  集部へのひとことを添えていただきました。いろんなアドバイスの中に
  「歴史シリーズを作ってみては?」なんて声もありましたよ。
  
   私も「歴史ロマン」という言葉に弱いタイプなので、シリーズというほ
  ど継続した形にはできないかもしれませんが、かくれた鳥取県の「歴史発
  見!」的な話題を、ときどきお届けしたいと思います。
  
   さて、秀峰大山(だいせん)の東側、日本海に面した名和(なわ)町は、
  鎌倉時代末期、隠岐(おき)を脱出した後醍醐天皇を助け、建武の中興で
  活躍した名和長年(なわながとし)ゆかりの地。今回ははるか昔、14世
  紀に思いを馳せてみましょう。
  
   後醍醐天皇は、1318年に30歳で即位しましたが、父親が「院政」
  を布いていました。宋の朱子学に傾倒し、はやくから天皇による親政を目
  標としていた後醍醐天皇は、ついに21年、父の院政を廃して朝廷内での
  天皇親政を確立。政治の革新につとめて、武芸や学問の振興を図りました。

   やがて、鎌倉幕府の打倒を計画して、31年に挙兵しますがこれに失敗
  (元弘の乱)、北条氏によって孤島の隠岐に流刑されるに至ります。
  
   ここでちょっと現代の名和町にタイムスリップしてみましょう。名和駅
  から宿場町の面影が残る通りを、北東に向かってしばらく歩いていくと、
  そこは「元弘帝御着船所(げんこうていごちゃくせんじょ)」。すぐ近く
  の漁港の中には「御腰掛(おこしかけ)の岩」もあります。
  
   そう、隠岐に流された後醍醐天皇は現在の名和町に流れ着いたのです。
  「太平記」によりますと、1333年、先の乱で天皇側についていた勢力
  が諸国で勢いを盛り返しているとの情報を得た天皇は、隠岐の警備網をか
  いくぐって船で脱出。なんとか陸地にたどり着き、この地の豪族だった名
  和長年に決起を要請します。

   しかし長年は「地頭」に任じられており幕府の家臣でした。ここで天皇
  を助けることは、恩ある鎌倉幕府に背くことになります。
  
   大いに悩んだ長年でしたが、一族を招集して会議を開き、「屍を戦場に
  さらすとも、名を後世に残すことこそ名誉」と挙兵を決意。ただちに天皇
  を奉じて、天然の要害“船上山(せんじょうざん)”にたてこもります。

   天皇に逃げられた隠岐の判官たちは大軍を率いて船上山を取り囲みます
  が、長年は見事にこれを撃破。さらに幕府側と戦って周辺一体を平定、天
  皇を無事京都に送り届けました。
  
   京に戻った後醍醐天皇は、ついに鎌倉幕府を滅ぼし、34年に新しい政
  権を樹立、かの有名な「建武の新政」「建武の中興」を開始します。名和
  長年は、その戦功により天皇に重用され、多くの領地を与えられると同時
  に中央政府の重職に就きました。
  
   しかし、その後の歴史はご存じのとおり。あまりに独裁的・急進的だっ
  た新政は、武将や貴族たちの反発にあって大きな混乱をもたらし、翌35
  年に足利尊氏の離反・挙兵によって崩壊します。長年は、天皇を守って吉
  野に逃れ、いったんは足利尊氏を九州に追い払いますが、西国の大軍をひ
  きつれて攻め上がってきた尊氏と再度戦い、京都一条大宮で壮絶な死を遂
  げました。
  
   後醍醐天皇は、そのまま吉野で南朝を樹立、帰京を夢みつつ39年に没
  しました。時代は「室町幕府」へと大きく動いていきます。南北朝の争い
  は、その後約60年間も続きました。
  
   名和長年は、楠木正成(くすのきまさしげ)、結城親光(ゆうきちかみ
  つ)、千種忠顕(ちぐさただあき)とともに“南朝の四功臣”と呼ばれま
  したが、その後、明治時代になって従一位を贈られ、一族42名とともに
  今も名和町にある「名和神社」にまつられています。
  
   「屍を戦場にさらすとも名を後世に残す...」
   彼の本心が「単なる野望」にすぎなかったのか、「国づくりにかける信
  念」だったのか、今となってはわかりませんが、日々テレビから流れてく
  るニュースを見るにつけ、また自らを省みるにつけ、この言葉が胸にずし
  りと響いてくるようです。

   名和神社は高台にあって眺望がよく、青い日本海や隠岐島を眼前にのぞ
  みます。そして県内でも有数の桜の名所となっています...
                                (Z)
    ○名和町ホームページ
      http://www2.sanmedia.or.jp/nawa/
      (名和長年については「歴史散歩」からどうぞ)