メールマガジンとっとり雑学本舗



第533号(2006.01.27)「とっとり豆知識」より

 ●仁風閣よ、永遠に

   鳥取市出身の漫画家・谷口ジローさんが、週刊ヤングジャンプの新春1
  号・2号に特別読み切りの短編「魔法の山」を発表されました。

   舞台はT市と架空のまちになっていますが、そこには紛れもなく鳥取市
  のシンボル・久松山や、かつて博物館だった仁風閣の姿が描かれています。
  間違いなく谷口さんの幼いころの思い出が詰まった作品と言えそうです。

   実際、昭和30年代・40年代を鳥取市で過ごした人からは、この作品
  を読んで当時を懐かしく思い出したという話がよく聞かれます。

   ところで、「かつて博物館だった仁風閣」という言葉に驚かれた方もい
  らっしゃるのではないでしょうか?

   今では、仁風閣といえば、「旧藩主・池田家が皇太子殿下(のちの大正
  天皇)の山陰行啓のために立てた白亜の洋館で、鳥取観光には欠かせない
  国の重要文化財」というイメージが確立されています。けれども、仁風閣
  の歴史は、実はそれほど輝かしいものではありませんでした。

   明治末から大正にかけては、市の公会堂として利用されていました。大
  正末からは管理が県に移り、迎賓館などとして活用されましたが、海軍兵
  学校の試験場、県職員クラブ、県庁の別室など今では信じられない使い方
  もされていたようです。

   戦後の昭和24年から47年にかけては、県立科学博物館として教育文
  化の振興に大きな役割を果たしました。谷口さんの「魔法の山」では、こ
  の博物館に展示されていたオオサンショウウオが物語の重要な鍵を握りま
  すが、当時の仁風閣は子どもたちにそんな特別な空間を提供していました。

   しかし一方で、老朽化に加えてシロアリ被害もひどく、建物自体はボロ
  ボロの状態だったといいます。

   そんな中、昭和39年には「鳥取市民会館」を仁風閣の地に建設しよう
  という計画が持ち上がります。そのため、鳥取文化財協会などの文化活動
  家たちから整備保存の要望の声が挙がり、世論を巻き込んだ大きな議論と
  なりました。

   そして、市議会での採決。「保存か取り壊しか」。結果は、わずか一票
  の差で、保存に決まったのです。

   その後は、昭和48年に国の重要文化財に指定され、2億円をかけた修
  理保存工事を経て、51年から現在のように一般公開されています。

   来年には100歳を迎える仁風閣。今も県庁の私の机から、そのしょう
  しゃな姿を眺めることができますが、これまでたどってきた歴史を振り返
  ると、「残ってくれてよかったなあ」という素朴な実感が湧いてきます。

   それと同時に、まだ文化財としての価値が定まってない近代の遺産を、
  今きちんと評価し将来に残していくことの大切さを改めて感じます。

                               (AK)
     ○仁風閣(県観光ホームページ)
http://kanko.pref.tottori.jp/site/page/kanko/data/east/tottori/institution/jinpukaku/

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