メールマガジンとっとり雑学本舗


第576号(2006年07月21日)「とっとり豆知識」より

 ●中海と宍道湖はどうやってできた?

   鳥取・島根両県にまたがる中海と島根県にある宍道湖は大橋川で結ばれ
  た同一水系の湖です。両者とも海水と淡水が混じり合う天然の汽水湖で、
  大きさは中海が約86平方キロメートルで全国で5番目、宍道湖は約79
  平方キロメートルで7番目の面積と大きさも似通っています。(面積は国
  土交通省河川局のホームページを参照)

   また両湖とも、海の一部が砂州(さす)の発達などで閉じこめられて水
  域に変わった海跡湖(かいせきこ)に分類され、その生い立ちにも共通点
  が見られます。

   今から約1万年前、最後の氷河期が終わる時点では、この地域は中海も
  宍道湖もない陸地でした。(図1)以降、気温の上昇に伴い海水面も上昇、
  この地域にも海水が流入し、現在の島根県松江市周辺(図2の□)を境に
  東西に広がる2つの入江が形成されました。(図2)

   次に日野川の土砂が海流に乗って、東の入江の入り口付近に堆積、砂州
  が徐々に形成され、東の入江は閉じた水域に変わっていきました。この砂
  州が弓ヶ浜半島、(図3の◆)そしてこの水域が中海となります。

   同じく西側の入江の入り口では島根県の斐伊(ひい)川から運ばれた土
  砂が堆積、海跡湖となりました。宍道湖の形成です。

   弥生時代になると海岸線が後退し、弓ヶ浜半島は完全に姿を表します。
  出雲平野も広がったのですが、その後海水面が再び上昇したことなどから、
  弓ヶ浜半島は島状の砂州となったようで、出雲国風土記に登場する「夜見
  の島」という表記からも往時の様子がうかがえます。
             
   この夜見島が再び弓ヶ浜半島として復活したのは、中国山地で営まれた
  「たたら製鉄」によるものが大きいと考えられています。たたら製鉄の原
  料となる良質の砂鉄を産出する中国山地は、たたら製鉄の一大生産地、砂
  鉄は、かんな流しと呼ばれる手法で山砂を水路に流し、軽い砂を下流に流
  して採取します。大量の山砂は、水路から日野川へ、そして河口から海流
  に乗って夜見島周辺に堆積していきます。こうして夜見の島は段々と太く
  なり、ついには地続きとなり、現在の中海が形成されました。

   同様に斐伊川からも大量の山砂が下流に運ばれたため、流れが変わり、
  斐伊川は宍道湖につながるようになりました。こうして斐伊川から宍道湖、
  大橋川、中海、そして境水道から日本海へ続く長大な水系が出来上がった
  のです。

      図1         図2         図3
      北側
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   ■■■■■■■  →     □    → ■■  ■ ◆
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   さて、この2つの湖は昨年11月、揃ってラムサール条約湿地に登録さ
  れました。ラムサール条約とは、特に水鳥の生息地として国際的に重要な
  湿地に関する条約のことで、締約国数150、登録湿地数は1,579カ
  所(平成18年1月末現在)にものぼります。

   国内では北海道の釧路湿原など33カ所が登録、中海と宍道湖もその一
  員になったことで今後、国際的な湿地としての知名度が高まることでしょ
  う。1万年後に、この地域がどのような姿になっているか想像はできませ
  んが、今より明日を積み重ねていけば、きっと素晴らしい中海、宍道湖と
  なっていることでしょう。
                                (J)