●鳥取県の名前の由来(その5)
前回ご紹介したように、鳥取県の名前の由来は、平安時代に書かれた和
名類聚抄に出てくる因幡国の「鳥取郷」まで遡ることができます。そして、
その「鳥取郷」という地名は、古代、白鳥を捕らえて朝廷に献上する「鳥
取部」という部民の住んでいた土地に由来するといわれています(ちなみ
に鳥取県史によると、「鳥取部」は、河内・和泉・伊勢・美濃・上野・越
前・丹波・丹後・但馬・因幡・出雲・備前・備中・肥後など広く日本中に
分布していたそうです)。
そこで今回は、「鳥取部」の起源を求めて、日本書紀や古事記という神
話の世界を訪ねてみたいと思います。まず、日本書紀の方から紹介してい
きましょう。「鳥取部」は、巻第六の垂仁天皇の条に出てきます。
天皇の御子、誉津別(ほむつわけ)王は、30歳になっても言葉を話し
ませんでした。ところがある日、空を飛んでいた鵠(くぐい:白鳥のこと)
を見て「是何物ぞ」と、生まれて初めて言葉を発したのです。
喜んだ天皇は、誰かその鳥を捕まえられないかと聞きます。それに応じ
た天湯河板挙(あめのゆかわたな)が鳥を追い求め、ついに出雲で捕らえ
皇子に献上しました。すると、皇子が話せるようになったので、天皇は天
湯河板挙の功績に報い、「鳥取造」という姓を与えるとともに「鳥取部」
などを定めたということです。
次に、古事記を見てみましょう。こちらは、日本書紀に比べるとかなり
長い物語で、内容もずいぶん違っています。
前半は、登場人物の名前などが違うことを除けばほぼ似通った話で、大
人になっても話をしない本牟智和気(ほむちわけ)御子が、鵠(白鳥)の
声を聞いて言葉を発するところから始まります。そして、垂仁天皇の命を
受けた山辺の大*(やまのへのおおたか;*は左が帝で右が鳥)が、その
白鳥を追い求めて日本各地(因幡、つまり今の鳥取県も含む)を巡った末、
ようやく高志国(今の新潟県)で捕え献上します。
しかし、古事記では、白鳥を献上しても皇子は話すようになりません。
天皇が心配していると、ある神が夢に現れて「私の宮を修理したら御子は
話せるようになるだろう」と告げます。占いをしたら、その神は出雲大神
(つまり大国主命)だということが分かりました。そこで皇子がお供を従
えて出雲まで詣でたところ、その帰りに言葉が話せるようになりました。
天皇は喜び、御子にちなんで「鳥取部」などを定めたということです。
美しい白鳥伝説のはずが、実は大国主命のたたりのせいだったという、
なんともすごい話ですね。ともあれ、これが古事記に出てくる「鳥取部」
の起源譚です。
ところで今回、このほかにも古事記中に2か所、「鳥取」という言葉を
見つけました。「鳥取」という地名の起源は「鳥取部」にあるはずなのに、
「鳥取部」より前に「鳥取」という地名(や神名)が出てくるのは面白い
なと思ったので、ちょっと紹介しておきます。
ひとつは上で紹介した話の少し前で、垂仁天皇の御子が「鳥取の河上宮」
で太刀を千振つくらせた、という記事が出てきます。「鳥取の河上宮」と
いうのは、和名類聚抄に出てくる和泉国の「鳥取」で現在の大阪府阪南市
に当たると考えられています。日本中に数ある「鳥取」の中でも、最も由
緒ある地名といえるかもしれません。
また、古事記の中で、大国主命は6柱の女神と結婚していますが、6番
目の妃は「鳥取神」という名前です。この「鳥取神」という神は他の古代
史料に現れないため、残念ながらその名の由来までは分からないようです
が、大国主命の最初の妃が「稲羽之八上比売(因幡の八上姫)」で、最後
の妃が「鳥取神」というのも、なんだか不思議な縁を感じませんか。
(AK)
○とっとり雑学本舗第612号「鳥取県の名前の由来(その1)」
http://www.pref.tottori.jp/kouhou/mlmg/topics/612_2.htm
○とっとり雑学本舗第616号「鳥取県の名前の由来(その2)」
http://www.pref.tottori.jp/kouhou/mlmg/topics/616_2.htm
○とっとり雑学本舗第618号「鳥取県の名前の由来(その3)」
http://www.pref.tottori.jp/kouhou/mlmg/topics/618_3.htm
○とっとり雑学本舗第622号「鳥取県の名前の由来(その4)」
http://www.pref.tottori.jp/kouhou/mlmg/topics/622_2.htm