メールマガジンとっとり雑学本舗


第637号(2007年10月19日)「とっとり豆知識」より

 ●700年の時を超えたストーリー「八人の侍」

   「百姓が、襲撃してくる悪党から村を守るため、用心棒として侍を雇い、
  悪党と戦った」といえば、まず、故・黒澤明監督の名作映画「七人の侍」
  が思い浮かびますよね。今回は鳥取県智頭町で同じような出来事が今から
  約700年前にあったということを示す古文書についてご紹介します。
  
   鎌倉時代の中期に北条実時(さねとき)が武家の図書館として創設した
  「金沢文庫」は、実時の死後も幕府の祈願寺であった称名寺(神奈川県横
  浜市)の蔵書を管理し、現在は神奈川県の施設として、中世資料に関する
  博物館兼図書館の役割を果たしています。この金沢文庫に所蔵されている
  「称名寺文書」の中の「因幡国智土師郷上村結解状」という古文書には、
  その記録が残されています。
  
   「因幡国智土師郷東方上村」とは現在の智頭町那岐地区にあたり、鎌倉
  時代後期、この村は称名寺の荘園となっていました。そして、「結解状」
  とは中世の収支決算書にあたる資料。この古文書は南北朝時代の1342
  年に智頭町那岐地区で具体的にどんな出来事があったかを知ることができ
  ます。
    
   古文書によると、この年、称名寺に納められた年貢は89石1斗。そし
  て、そのうちの約半分となる48石が、村を襲撃する悪党からの防衛費に
  充てられたことが分かります。
  
   そして、その内訳で注目すべき点は、村が用心棒として8人の武士を雇
  っていたこと。映画とは違い、「八人の侍」ですが、古文書には8人の武
  士を雇うのに24石を使ったと記されています。そのほか、村の警備にあ
  たった村人の兵糧米や、防護柵や塀などを設置した作業員への食料、悪党
  が襲来した際の応援隊への酒と食料などに使われています。
    
   この記録からは、悪党が2度襲来したことや、村の財産や生命を守るた
  め百姓は8人の侍を雇い、協力して悪党と戦った様子をうかがい知ること
  ができます。
  
   長年歴史研究に携わっている智頭町誌編さん室の村尾康礼さんによると、
  毎年繰り返された悪党の不法な行為が記された古文書は他にもありますが、
  悪党から身を守るため、百姓が武士を雇うなど、そのときの実状が具体的
  に分かるような史料は、全国でもこの古文書以外に見つかっていないそう
  です。
    
   生前、黒澤監督は、ある村が侍を雇って野武士の襲撃を防いだという古
  い文書の記録を見たことがあると語っていたとのこと。監督に直接聞くこ
  とができないため真相は分かりませんが、ひょっとすると、この智頭町の
  「八人の侍」が、映画「七人の侍」制作のヒントになったのかもしれませ
  ん。
  
   「荒野の七人」や「スターウォーズ」など、世界の映画界に大きな影響
  を与えた名作「七人の侍」と同じようなドラマが、約700年前にこの場
  所で実際起こったかもしれないと想像するだけで、何だかワクワクします。
    
   現在、智頭町では、「『智頭町古文書』と『七人の侍』」というイベン
  トを開催しています。悪党から村を守る拠点となった荘ノ尾城跡には、地
  元住民の手で城柵や堀などが復元されているほか、地元の小学生がのぼり
  やかかしを設置し、歴史の舞台の雰囲気を盛り上げています。
  
   10月31日までの期間中は、野外上映会やシンポジウム、資料展示な
  ど、古文書や映画「七人の侍」にちなんださまざまなイベントが計画され
  ています。
  
   700年の時を超え、古文書からよみがえった「八人の侍」。歴史ロマ
  ンを味わいに智頭町に出かけてみてはいかがでしょうか。
                                (Q)
    ○「智頭町古文書」と「七人の侍」
      http://www1.town.chizu.tottori.jp/dd.aspx?itemid=2149