●北海道釧路市の鳥取地区(上)
明日、9月12日は「とっとり県民の日」。今年も「とっとり県民の日」
記念フォーラムが開催されます。
ご存じのかたも多いと思いますが、明治4年の廃藩置県により鳥取池田
藩は鳥取県となりましたが、明治9年に島根県と併合され鳥取県は一時廃
止されました。そして再び鳥取県が置かれた明治14年9月12日にちな
んで、9月12日が「とっとり県民の日」となりました。
さて今回は、そんな明治時代に鳥取県から北海道に開拓移住した士族と、
釧路市にある鳥取地区についてご紹介したいと思います。
明治維新の変革期。この頃の鳥取士族の暮らしぶりは、困窮を極めてい
ました。詳しくは当本舗の第678号でご紹介していますが、働き口もな
く、食うや食わずの生活を送る者もいた、そんな状況だったわけです。
鳥取県が再置され初めての県令(現在の知事職)山田信道は、こうした
鳥取士族を救済するため、士族の北海道移住について熱意をもって政府に
働きかけたそうです。政府もこれを取りあげて、札幌・函館・根室の北海
道三県に士族移住についての調査立案を命じ、根室県は明治16年6月に
「移住士族取扱規則」を布達します。
同年、鳥取県では士族移住出願者の募集を開始。明治17年6月9日に
釧路港に入港し、第1次41戸207名の士族が移住。「鳥取村」を創始
します。翌年5月14日に第2次の64戸、306人が移住し、総戸数
105戸、総人口513人の村落が形成されました。
未開地である釧路湿原の一角に集団で入植した鳥取士族は、川の氾濫と
戦いながら湿原の開墾に精進し、苦難の末、鳥取村発展の基礎をつくりま
した。
鳥取村は、大正から昭和のはじめにかけ、製紙工場の誘致や農地の暗渠
排水事業の成功などにより発展。昭和18年には鳥取町となりましたが、
昭和24年に釧路市と対等合併しています。
現在、自治体としての「鳥取」はなくなっていますが、鳥取村のあった
釧路市の「鳥取地区」では「鳥取」の名がつく地名や施設がたくさんあり
ます。
地名としては「鳥取大通」、「鳥取北」、「鳥取南」があり、道路の
「鳥取大通」「鳥取東通」「鳥取西通」や、橋の「鳥取橋」もあります。
施設としては、「鳥取」「鳥取西」の小学校、中学校がそれぞれあるほか、
コミュニティー体育館「鳥取ドーム」や「鳥取神社」などがあります。
夏休みを利用し、妻と一緒の北海道旅行をしてきた筆者。次回は実際に
訪れた鳥取地区について、レポートしたいと思います。
(R)
○とっとり県民の日
http://www.pref.tottori.lg.jp/dd.aspx?menuid=68817
※記念フォーラムは9月12日午後1時から、琴浦町の
カウベルホールで開催されます。
○とっとり雑学本舗第644号「鳥取県の名前の由来(その9)」
http://www.pref.tottori.jp/kouhou/mlmg/topics/644_2.htm
○とっとり雑学本舗第678号「鳥取士族の西南戦争(中)」
http://www.pref.tottori.jp/kouhou/mlmg/topics/678_2.htm
○とっとり雑学本舗第261号「移住と移民の歴史展・北海道」
http://www.pref.tottori.jp/kouhou/mlmg/topics/261_1.htm